仕事が遊びで遊びが仕事 masato"max"matsuura

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プロフィール

氏名            松浦  勝人(まつうら まさと)
出身地         神奈川県横浜市
最終学歴      日本大学経済学部卒業
生年月日       1964年10月01日

 


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松浦勝人・・・

松浦勝人という人間。。。。
ちょっと前に確か似たようなことをどっかでで書いたかもしれないけど・・・・
正直、なんでこんなものなんて書いているのかわからない。
自分は40歳までに人にはできない経験をさんざんやらかしてきた。
それを伝えたくて書いているような気もするが、
それってただの自慢話じゃないかな・・・と自問自答したりする。

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インターネットラジオ




エイベックスの松浦と
東京プリンの伊藤洋介が
ほろ酔い気分で気ままに放送!

放送スレスレのインターネットラジオ版
「仕事が遊びで遊びが仕事」
不定期更新です。

第125回目

「max松浦 釣りは集中力の巻」

3月17日収録


集中するという意味では、カメラと同じ。

時間を忘れて没頭してしまう。

皆さんは最近、何か集中してますか。

とことん何かにはまってみるのもいいですよ(笑)



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ラジオ「仕事が遊びで遊びが仕事」第125回

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月刊EXILE 2月号


MAX松浦連載 Vol.15

仕事が遊びで遊びが仕事


今月のテーマは“年末・年始”。

MAX松浦さんの年末・年始の過ごし方って何か興味がわいてきませんか?

年末・年始の話から、休暇の話、

そして新年に向けて思うことまでいろいろ興味深いお話しが聞けました。


Masato Matsuura 松浦勝人
’64年10月1日、神奈川県横浜市生まれ。日本大学在学中に貸しレコード店「友&愛」にアルバイトとして入り、翌年港南台店長になる。’87年エイベックス・ディー・ディー(現エイベックス・グループ・ホールディングス)を東京都町田市に設立し、レコード輸入卸販売を始める。’90年自社レーベル「avex trax」を設立し、翌年「JULIANA’S TOKYO」にテクノ音源を提供、ブームを仕掛ける。’93年TRFがデビュー。その後、Every Little Thingをプロデュースし、
浜崎あゆみ、倖田来未、EXILEほか数々のアーティストを手掛ける。
現在、エイベックス・グループ・ホールディングス代表取締役社長。
http://max.syncl.jp
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Photography katsumi kosakai<portrait>


一年の始まり、今年は何か決意をしよう


仕事してからは年末・正月

すべて犠牲にしていました



ぼくが仕事をはじめた頃の貸しレコード屋は、

12月31日、元旦ともにかき入れ時なので、ほとんど仕事でしたね。

だから、“年末、元旦、お正月”の印象ってあまりないんですよ。

子供の頃の思い出はなんと言っても“お年玉”。

何よりもお年玉をもらうのが楽しみで誰がいくらくれたかを記録していて、

だいたい今年はこれくらいもらえるかなぁって予想していましたよ (笑)。

その頃の年末年始の過ごし方といえば、

日本レコード大賞や紅白歌合戦などの国民的な大行事を

こたつに入りながら家族全員で見ていました。

今はテレビ番組がどれだけ茶の間の主役になっているか分からないけどね。

旅行とかにあまり行くような家ではなかったけれど、

ぼくが中学一年の頃、元旦にハワイへ行ったことがありました。

当時、中学生がハワイに行くなんてまだ珍しい時代だったので、

親に感謝しなければいれないことですよね。

また、その頃って携帯メールなんて無い時代だから、

ごく普通に年賀状を楽しみにしながらゆっくりしていました。

今はどうなんでしょう。

あの時代はよかったと思います。

家族で過ごすことはまだ“普通”なんでしょうかね。

普通にあってほしいことだけれど。

日本は1年中イベントが多くなっていて、

昔みたいに年末年始が大イベントという感じがなくなっていると思いますね。


時を忘れた感覚を

久しぶりに味わった


一時期忙しすぎて身体の調子を崩したことがありました。

そのときに診てもらった先生にとにかく、全く仕事を忘れることができる環境

(電話も持たない、仕事に関するものを全く持たない、仕事を忘れる期間)を

一年のうち1週間でいいから作れと言われたことがありました。

また、ある人からは休みというのは充電するのではなく、放電することが必要。

要するに蓄えるのではなく、出し切ることが必要って言われたんです。

それは当たっているなぁって何となく思ったんですよ。

休みだからといって充電しようとするのではなくて、

いろいろやって疲れ果てる方が、かえっていいんじゃないかって。

ただ何か夢中になって、時間を忘れるくらい没頭することってなかなかできない。

映画館で映画を観る2時間、携帯電話が繋げられないということが頭を支配している。

それは、ぼくだけでなく日本全体が携帯電話中毒に汚染されているように思うんだけれど。

ところが、この間久しぶりに3時間くらい、全く何もかも忘れて写真を撮っていたんです。

それは紅葉を取りに行ったんですね。

紅葉と滝を撮っていたら面白くなって露出がどうでシャッタースピードがいくつと、

とにかく撮影に没頭して、周りからもう帰る時間ですっていわれるまでひたすら撮っていたんですよ。

“エッ、もうこんな時間なの?って”。

こんな風にすべてを忘れるという感覚は本当に久しぶりで、

その間に電話も何件か入っていたんだけれど、全然気にならなくて。

普通ならまず携帯どこだってなるのに、このときはならなかった。

今の仕事を続けていく限りきっとそんな感覚にはなかなかなれない。

普段でも好きなコトってあるんだけれど、仕事のコトが絶対に頭から離れない。

だけど、今回は忘れちゃったんですよね。

充実感・満足感、時間を忘れられるものがあるというのはいいなぁと思いました。

こんな時を過ごせたことに自分はちょっと感動したんですけれどね。


元旦はなにか決意してみようよ

決して続かなくても思うことは大切


お正月に話を戻すけれど、

やっぱり1年の始まりだから、気を引き締めて何か考えたり、

決意をすることをみんなにも続かなくてもいいからやって欲しいと思う。

ぼくはどうかというと、

これからの15年は重要な時間と考えている。

というのは、今年で45歳になったので60歳になるまでに心置きなく、

本当に一生懸命働いて、遊ぶことを心がけようと思っているんです。

60歳過ぎたら、

今みたいにお酒飲んだり、サーフィンやスノーボードも出来なくはないと思うけれど、

ちょっと無理なんじゃないかと思う。

ましてやもう、いつ死ぬか分からない時期に入っているわけだし(笑)。

この15年間って本当に大切な時間だなぁって思う。

すでに、自分の中でカウントダウンを始めているんですよ。

そう言う意味で今年の正月は、

最後の区切りに向けて健康で無駄なく、どのように時間を使っていくかを考えていきたい。

その時を幸せに迎えるためのラストスパートであり、スタートが今年の正月だと思っている。

だから、これまでも一生懸命やってきたけれど、

これからの15年についても、とことん遊びも仕事もやってやろうという気になっている。

今までだったら、ちょっと面倒くさいからやめちゃおうかなぁと思っていたことも、

率先してやるようになっていますからね。

いつまで続くかなぁと思いながら、まだ続いていますよ。

皆さんも何か決めたことがあったらしばらくやってみる。

それを今年のお正月からやってみるというはいいことだと思いますよ。

 


2010-02-02 17:34:33投稿者 : maxmatsuura
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月刊EXILE 1月号


MAX松浦連載 Vol.14

仕事が遊びで遊びが仕事


MAX松浦こと松浦勝人エイベックス・グループ・ホールディングス社長、絶好調連載。

クリスマスも近くなってきました。

ということで、今回のテーマは「プレゼント」。

こだわりの人MAX松浦のプレゼントにまつわる話を語ってもらいました。


Masato Matsuura
’64年10月1日、神奈川県横浜市生まれ。日本大学在学中に貸しレコード店「友&愛」にアルバイトとして入り、翌年港南台店長になる。’87年エイベックス・ディー・ディー(現エイベックス・グループ・ホールディングス)を東京都町田市に設立し、レコード輸入卸販売を始める。’90年自社レーベル「avex trax」を設立し、翌年「JULIANA’S TOKYO」にテクノ音源を提供、ブームを仕掛ける。’93年TRFがデビュー。その後、Every Little Thingをプロデュースし、浜崎あゆみ、
倖田来未、EXILEほか数々のアーティストを手掛ける。
現在、エイベックス・グループ・ホールディングス代表取締役社長。
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ぼくはプレゼントをすることは意外と好きみたいだ


ある日突然、贈り物が
一番嬉しかった一言


プレゼントは贈ると「もらう」というそれぞれの立場があるけれど、

まずは「もらう」立場の話を少し。

周りの人はぼくにプレゼントをするとなると、

何をあげたらいいのかって、すごく迷うというか、困るみたいですね。

たまに“何か欲しいモノありますか”って聞かれて、

冗談で“現金か商品券”って答えることもあるけれど、

残念ながら本気にしてくれる人はいませんね (笑)。

今まで、一番記憶に残っているモノは何かというと、

ある年の誕生日に、

フェラーリが届いたことがあって、

本当にびっくりしたことがありました。

これは当時Every Little Thingのメンバーだった五十嵐充に、

ぼくがデビュー前

“おまえ、デビューして稼いだら、なんかオレが驚くようなものをプレゼントしてくれ”

って言ったんです。

もちろん、それをしてほしいってことじゃなくて“がんばれよ”って言う意味で言ったんだけれど。

ところがある日ホントにそれがやってきて、

本当にびっくりしちゃって。

関係者がぼくにそれとなく、探りを入れてきたりするので、

まさかなぁと思っていたら、ぼくの誕生日にぽんときたわけ。

そのことを覚えていてくれたことや、

一生懸命やって成功しことも嬉しかったし、

実行してくれたことに感動もしました。

でもモノがモノだから「いいよ、欲しかったら自分で買うから」って言ったら、

「いや、これを専務(当時)に買ってあげることがぼくの夢だったんです」って、

なんかグッとくること言ってくれるんですよ。

じゃあ、そこまで言うならもらっておこうかなって(笑)。

まぁ、結局、細かい話だけれど名義や税金の問題もあるので、

その気持ちだけもらうことにしましたけれどね。

今考えてもちょっと、惜しかったと思うけど(笑)。


何かイベントだからじゃなく
感謝の気持ちを込めてが一番


人に贈るという行為の一つは、

誕生日やクリスマスということ意外に、

お世話になったとか、何か感謝の気持ちを相手に伝えたいときに、

義務でやることでは決してない。

だから“その気持ち”をありがたくいただくということが、

結局自分にとっても嬉しいこと。

たとえばこんなこともありました。

あるとき海外での仕事が終わって明日帰国というときに、

奥さんが欲しがっていたバッグを買うことを忘れていて、

それもなかなか手に入らないものだったので、半ば諦めていたら、

次の日そのときの仕事のパートナーの方が手配してくれたんです。

もちろん、僕が買うつもりだったんだれど、

「ハイ、奥さんにプレゼント」って手渡してくれたのね。

それも、お互いの仕事で認め合っている絆みたいなものを感じましたね。

あと、香港のビジネスパートナーの方とかは、

なにかの記念になる日があったりすると腕時計をくれますね。

でも、プレゼントってその人の感覚やおしゃれ感、センスがほんとにでるから、

おもしろいと思う。

あるとき、東欧のデザイナーがディレクションしたとかで、

一見するとなんだかわからないオシャレなものがあったんですよ。

何かというと大人のおもちゃだったんですけど(笑)。

これを配っていた人がいて、

それをみんなに配るというところがまたなんかおもしろくて、

印象に残っていますね。

あと、品物じゃなくて、

影響を受けた恩師の一人から直筆メッセージや手紙をもらうこともあったりして、

それはズンと心に響きますよね。

最近は、誕生日でもプレゼントはいらないって言うんです。

バースディパーティは自分主催で、

お金取らないし、プレゼントも丁重にお断りしているんですね。

こっちが感謝の気持ちを表す感じの方が楽しくて。


元気にしたいから
プレゼントを贈ることも


贈る立場では、

タレント、知人などある程度の付き合いがある人の誕生日はちゃんと予定にいれていて、

この人には何がいいかなぁというのは気にしていますね。

贈るものは相手が恐縮しない程度で、基本は花ですね。

ただ、個人的には生花はあまり好きじゃないので、

枯れない花、ドライフラワーじゃなくて、ブリザードフラワーを好んで贈っていますね。

逆に7、8年前くらいまでは仲がいい人には、ほとんど何もあげなかったんです。

何でかというと、仲がいいんだから、

気持ちで伝えて、別に何もあげなくてもいいんじゃないかみたいな。

でも、自分にすごく近い人、身近な人に対して、

感謝の気持ちだけでは気のつかい方が薄いかなぁと思って、

最近はプレゼントをしたりもしますね。

エイベックスのロゴをいれたMDウォークマンとか、

GショックとベイビーGのエイベックスペアバージョンとかを作って、

昔はプレゼントしてましたね。

なんでエイベックスのロゴ入りかというと自分のポケットマネーで作るんですけど、

まさか「MATSUURA」とかってロゴいれてもしょうがないし(笑)。

そのときに人気で、話題のものを作ってあげたりするのはわりと好きですよ。

アーティストが何かで落ち込んでいるときに、景気づけというわけじゃないけれど、

「ガンバローや」という意味でどんとプレゼントすることもありますよ。

プレゼントってあげたときに、「ありがとう」っていわれることが嬉しいじゃない、

ぼくはそれがいちばん大切だし、その喜ぶ顔が見たいから。

そう考えると贈ることって基本的に好きなんだなぁ、と思いますね。


 


2010-01-27 15:59:17投稿者 : maxmatsuura
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月刊EXILE 12月号


MAX松浦連載 Vol.13

仕事が遊びで遊びが仕事


MAX松浦こと松浦勝人エイベックス・グループ・ホールディングス社長、絶好調連載。

今回のテーマは「デジタルツール」だ。

仕事では当然デジタルを駆使する必要があり、遊びではカメラに傾倒したMAX松浦氏。

ならば、その根本にあるのはやっぱりデジタルツール。

今回はどんな話が聞けますか?


Masato Matsuura
’64年10月1日、神奈川県横浜市生まれ。日本大学在学中に貸しレコード店「友&愛」にアルバイトとして入り、翌年港南台店長になる。’87年エイベックス・ディー・ディー(現エイベックス・グループ・ホールディングス)を東京都町田市に設立し、レコード輸入卸販売を始める。’90年自社レーベル「avex trax」を設立し、翌年「JULIANA’S TOKYO」にテクノ音源を提供、ブームを仕掛ける。’93年TRFがデビュー。その後、Every Little Thingをプロデュースし、浜崎あゆみ、倖田来未、EXILEほか数々のアーティストを手掛ける。
現在、エイベックス・グループ・ホールディングス代表取締役社長。
http://max.syncl.jp

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Photography katsumi kosakai<portrait>


頭で理解も必要だけれど、使って使って使い倒す


小室さんとデジタルの思い出
毎日メールを送った日々


今回はデジタル全般について自分なりのこだわりを少し。

そうなるとまずは、ぼくのデジタル史っていうか変遷を辿ってみましょうか(笑)。

デジタルツールが身近になってきたのはホームページが世の中に登場し、

「e-mail」が本格的に登場した頃。

僕の周りでこれを最初にいじりだしたのは小室哲哉さんなんですよ。

まだ、globeがデビューする前だから、おそらく’93か’94年ぐらい。

当時、ホームページや個人同士のメールのやりとりはあったけれど、本格化するのは’95年ごろですし、

「携帯メール」や「i-mode」といったものはまだまだ無い時代。

その頃、小室さんのスケジュール管理をぼくがやっていて、

ちょっとうる覚えなんだけど「日刊MAX……」とかタイトルを付けて、

小室さんに毎朝、“今日はこういうことあります”といった連絡事項や、

To Doリストみたいに“これやってください”とか、

外から入ってくる情報などをまとめてメールしていたんですね。

その頃毎日送っていたんですけど、小室さんからの返事は一切なかったですね(苦笑)。

ところが、この間、小室さんと昔話をしていたときに、

もうそんなメールのことなんて忘れているかなと思っていたら

「そーいえば、メールを送ってくれてたよね」って、ちゃんと覚えていてくれました。

そのあたりから、パソコンが生活に浸透してきましたよね。

ぼくはその当時、マッキントッシュを使っていました。

モノクロディスプレイのPlus、SE30といったモデルの時代。

でも、その前には、「ワープロ」の時代があるんですよね。

使っていたワープロは“東芝Rupo”。かなり駆使していましたね。

ぼくは仮名変換で始めたので、実は今でも仮名変換なんですよ。

これだけデジタルユーザーなのに仮名変換というのは珍しいと思います(笑)。

その当時、仕事で資料を作る時はパソコンよりワープロの方が文書作成とかすごく便利でしたからね。

その後、マッキントッシュに移っていきましたけれど、

やっていたことと言えばワープロの延長線上のような使い方でした。

そして、インターネットがスタート。

でも、メールのやりとりをしている人はまだ少なかったですね。

いわゆるパソコン通信と呼ばれていた時代といえばわかりやすいですよね。

で、先ほど言ったように小室さんがネット環境を取り入れていたこともあって、

連絡等はすべて「e-mail」。

実は、ぼくの会社自体もパソコンの導入は結構早くて、

当初は全部マッキントッシュだけでLANを組んでいました。

今はウィンドウズの環境とマッキントッシュが共存するシステムを組んでいますけど。

そーいえばそのころ、ぼくは筐体の後ろが丸くカーブしていた「i-mac」を使っていました。


掲示板、チャットと
ネットの面白さも危うさも知る



‘98年くらいになると電子掲示板が出始めて、

チャットなどの機能を利用したマーケティングをしていました。

浜崎あゆみ本人も登場するチャットがスタートして、これは、結構はまりましたね。

あと、mixiもかなり初期の頃からやっていましたね。

デモ音楽などをみんなに聞かせたくて、自分のサーバーを別に持ってリンクで飛ばしたりしてました。

ただ、そこでインターネットの匿名性が持つ怖さを体験したんです。

プライベートをさらけ出すことはもうやめようと思って。

だけど、付き合いもあってブログを始めてみると今度は、

根っからの凝り性だから、あれもやりたい、これもやりたい。

そんなとき、どうしようかなぁと思っていたら、

今やっている「syncl」がぼくのやりたい仕様にしてくれたんです。


さらに、ぼくが「こうしたほうがいいよ」と気づいたところについては改善してくれたりして、

今はいろいろとをやっています。

ツィッターも始めているけれど、時間がないこともあって、

どんなことができるのか調べきれず、まだ、活用初歩段階というところですね。



自分には合わないと
わかることが大切


デジタルツールはいろいろ買ってみたけれど、結局使わないのは“電子手帳”。

でも、なんか買っちゃうのはデジタルハードユーザーの性ですかね。

目新しいモノには飛びついちゃいますね。

最近、買ったのは“マイクロフォーサーズ・ボディ”のカメラ。

一眼レフよりももちろん軽くて使い勝手はいいかなぁ。

あとはAmazonの「Kindle」という電子ブックリーダー。

この日本語仕様が出たらいいなぁと思っています。

やっぱり僕の場合、新しい環境を揃えるのが好きだし、

そのためには使ってみないとわからないから、

買ってみて自分に合う、合わないを判断していく。

何事も試さないととにかくわからない。

ブログもツィッターも機能を使い切ってみる。

付き合いが長くなるか短いかはそれからですね。


2009-12-26 03:40:21投稿者 : maxmatsuura
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月刊EXILE 11月号


MAX松浦連載 Vol.12

仕事が遊びで遊びが仕事


MAX松浦こと松浦勝人エイベックス・グループ・ホールディングス社長、絶好調連載。

バイク、カメラとこだわりの話をきいてきましたが、今回はこれまでの趣味全般についてお伺いしました。

キーワードは「突き詰める」。でもその突き詰め方は流石です。


Masato Matsuura
’64 年10月1日、神奈川県横浜市生まれ。日本大学在学中に貸しレコード店「友&愛」にアルバイトとして入り、翌年港南台店長になる。’87年エイベックス・ディー・ディー(現エイベックス・グループ・ホールディングス)を東京都町田市に設立し、レコード輸入卸販売を始める。’90年自社レーベル「avex trax」を設立し、翌年「JULIANA’S TOKYO」にテクノ音源を提供、ブームを仕掛ける。’93年TRFがデビュー。その後、Every Little Thingをプロデュースし、
浜崎あゆみ、倖田来未、EXILEほか数々のアーティストを手掛ける。
現在、エイベックス・グループ・ホールディングス代表取締役社長。
http://max.syncl.jp





Photography Katsumi Kasai<potrait>


やってみて、知る!机上の理論では知りえないことの大切さ

 子供のころは
ご多分にもれずコレクターマニア

バイク、カメラと趣味の話をしてきたけど、

今回はぼくの趣味歴を振り返ってみようと思う。

子供のころというか、小学生の頃だとやっぱりキャラクターカード集めに夢中になった。

それから、コレクターという表現が当てはまるか微妙だけれど、“プラモデル”にどっぷり。

鉄道模型に最初はまって、そのあと、のめりこんだのが日本海軍とドイツ陸軍のプラモデル。

小学校5年生のときですね。毎日作ってました。

日本海軍とドイツ陸軍に夢中になったのは自分的にプラモデルとしてカッコよかったから。

色塗って、ジオラマみたいにして、本棚にズラーッと並べて見いってましたね。

でも、そのプラモデルを6年生になったときに、全部石にぶつけてたたき壊したんですよ。

なんでかというと、受験勉強をはじめるための決意表明。

受験のために塾とか行ってたんだけど、

やっぱりプラモデルがあるとつい遊んじゃって、小学生6年生になるともうタイムリミット。

勉強するためにはやめるしかない、だったら目の前からなくしてしまえばいいって思ったんですよ。

それで壊したことで踏ん切りはついた。

もう極端なんですよ。やるならやる、やめたら一切やらないみたいな。

その後、中学に入学してからはフォークギターに始まって、

エレキに移るという当時の中学生のお決まりパターン。

毎日ギターを弾いてましたね。

ビートルズから入って、ディープパープル、レインボーと一通りやっていましたね。

バンドを組み始めたのもこのころ。

高校時代は前に話したようにバイクにはまってチューンナップと受験勉強の日々 (詳しくは9月号165P)。

大学時代はクルマが相変わらず趣味の一つだけれど、

バイトを始めると、どんどん仕事が趣味みたいになっていきました。


自分の好みの空間にこだわったら

部屋の壁全部が、熱帯魚の水槽!


ビジネスが軌道に乗って28歳ぐらいでお酒を飲みだすんだけれど、

そのお酒の話はまた別の機会にしますね。

お酒を飲み始めると、自分にとって居心地のいい空間、

自分専用のお酒を飲むスペースが欲しくなってきて、

“空間を作る”ということに凝り始めたんですよ。

熱帯魚にはまって、壁全体が水槽の30畳以上あるリビングに淡水魚や海水魚、

はてはカメレオンにイグアナといった爬虫類もいる。

サメを飼ったこともありましたよ。

水槽の中に山の部分(陸地)を作ってそこにイグアナやウォータードラゴン、

トカゲなどがいて、水のところには魚がいる、そんな世界を作っていました。

しかし、水槽設備とその環境の維持には結構お金がかかりましたね。

そんな熱帯魚にはまっていたのは33~34歳くらい。

今も熱帯魚は観賞用に飼っていますが、昔ほどではなくなりましたね。

あと、趣味といえるものはハワイに行っていたころやっていたウェイクボード。

当時、日本人のプロが何人かハワイにいたこともあって、ずーっとやっていましたね。

それなりに上手くなりましたよ。名誉の勲章で何度か骨も折ったし。

さすがに最近はやらなくなりましたよ。

この間久しぶりにやったら、普段は使わない筋肉を使ったこともあって身体がガタガタになっちゃった(苦笑)。


やってみないと本当のことは

分からないことはばかり



こうして趣味を振り返ると、決して熱しやすくて冷めやすいという感じではないんです。

突き詰めちゃうと、次に興味のあるものに移ってしまうけれど、

その趣味で得たノウハウみたいなものは何かに活かしているし、

とにかく徹底的にやらないと気がすまない。

たとえばクルマを買ってそのクルマの購入金額と同じくらいかけて外装・内装を自分好みに仕様替えする。

“我ながらバカだなぁって、自嘲するくらいです”。

でも、ぼくは「お金は貯めるものじゃない、使うものだ」って思ってる。

使ってみてわかること、やってみて理解できることがある。

世の中にはやらなくても結末が読める頭のいい人っていると思うけど、

ぼくは仕事も遊びも同じで、ビジネスに50億円注ぎ込んだら、こうなって結果こうなる。

じゃあ、次はもっとこういうことしよう。

失敗成功はもとより、どこで何が大変だったかということは本当にやってみないとわからないし、

そこから得るものってすごくある。

それがお金の使い方だと思うんですよ。

もちろん無駄ということがないとは言わないけれど、自分で実際やってみないとわからない、

それがぼくのやり方であり、こだわり方なんです。


2009-11-13 13:12:54投稿者 : maxmatsuura
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月刊EXILE 10月号


MAX松浦連載 Vol.11

仕事が遊びで遊びが仕事

 MAX松浦こと松浦勝人エイベックス・グループ・ホールディングス社長、絶好調連載。

世界に衝撃が走り、悲しみに包まれた“マイケル・ジャクソンの死”。

時代を駆け抜けた天才にMAX松浦が思うこととは……嗚呼・合掌。


Masato Matsuura
’64 年10月1日、神奈川県横浜市生まれ。日本大学在学中に貸しレコード店「友&愛」にアルバイトとして入り、翌年港南台店長になる。’87年エイベックス・ディー・ディー(現エイベックス・グループ・ホールディングス)を東京都町田市に設立し、レコード輸入卸販売を始める。’90年自社レーベル「avex trax」を設立し、翌年「JULIANA’S TOKYO」にテクノ音源を提供、ブームを仕掛ける。’93年TRFがデビュー。その後、
Every Little Thingをプロデュースし、浜崎あゆみ、倖田来未、EXILEほか数々のアーティストを手掛ける。現在、エイベックス・グループ・ホールディングス代表取締役社長。
http://max.syncl.jp



Photography Katsumi Kasai<potrait>


不世出の天才だからこそおとずれた突然の終演



希代のエンタテイナーの衝撃の出会い


マイケル・ジャクソンの死を知ったのは、あの日(6/25)の朝、

新聞記者から「マイケル・ジャクソンの死について」コメントを欲しいという電話。

彼をスーパースターに決定づけ、

大ヒットした「Billie Jean」や「Beat It」は、ぼくの大学生時代がリアルタイム。

ディスコに行ったら、ヘタクソなムーンウォークをみんなやっていた時代ですね。

そして、ぼくがダンスミュージックにも目覚めた時も、まさにそのとき。

マイケルの音によってハードロックからディスコサウンドに傾倒していきましたね。

ただ、ぼくが追いかけていたのはインディーズのダンスミュージック、

メジャーなマイケルのダンスミュージックとは真逆の存在だったけど、

やはりその出会いは衝撃的でしたね。

また、彼を語るうえで欠かせないのは「プロモーションビデオ(PV)」。

当時もPVに力を入れているアーティストは多数いたけど、

マイケルの出演するPVは可能性を広げ、

音楽と映像というものを結びつけるという意味では、

マイケルのPVが世の中に出る前と後では全てが変わりましたよね。

僕自身はマイケルに対して音楽的な影響というよりも

エンタテイナーとしての存在感にとても影響を受けたのは確か。


PVよりもステージパフォーマンス


ただ、ぼくが凄いと思ったのはPVよりも、DVDに収録されていた

“1995年のMTV VIDEO MUSIC AWARDS PERFORMANCE”。

真っ暗なステージにマイケルが立っていて、

そこにピンスポットがあたり、ステージがスタート。

PVとは全く違ってセットなんて何もないし、

彼の踊り、歌というパフォーマンスだけで、魅了していく。

もう、あの身体の動きなんてやっぱり人間じゃない。

凄いお金をかけて“Thriller”みたいなビデオを作ることだけでも驚くけど、

その演出のなかでの彼の存在感もすごい。

ただ、何もなくたって、マイケルがひとりで踊るというのは、

それだけで絵になって、全然退屈しない。

あのステージパフォーマンスには何より凄みを感じましたね。

でも、ぼくが興味を持ったのは、「Billie Jean」、「Beat It」、「Thriller」まで。

それ以後はいくら斬新でも、それを凌駕する感じはなかったですね。

きっと、お金がすごい儲かったからかもしれないけれど、

音楽よりもそれ以外のニュース、スキャンダルばかりが一時期取り上げられて

音楽的興味は失ってしまいましたね。

ただ、マイケルのライヴはこれまで一度も見たことはなくて、

興味がなかったからじゃなく、たまたま都合がつかなかっただけ。

今回のロンドン公演は見に行くつもりだった。

それは彼のDVDを見ていてやっぱり「すげぇなぁ」って思ってたし、

たとえばマイケルが「口パク」で歌っていたとしても、

きっと「それでもいいじゃん」って。

それを超越したパフォーマンスがあると思う。

どんなものを見せてもらえるのか本当に楽しみにしていたので、とても残念。


この結末はやはり仕方ないのかとも思う


マイケルがいなくなって今、思うことは、まず、彼に匹敵する人はだれかってこと。

それってマドンナくらいかなぁと思いますね。

今、男性ではいないんじゃないですかね。

マイケルは「表現者」というところではちょっと違うかなぁ。

あと、やっぱりこの結末。

その時の法律には触れないギリギリの狂気と普通のはざまにマイケルは生きていて、

それが許された人。

だから、改めてそういう死に方をするんだなぁ、と思いましたね。

例えばカート・コヴァーン、ブライアン・ジョーンズ、アンディ・ウォホールも。

ジョン・レノンは射殺だからちょっと違うかもしれないけれど、

やっぱり不世出の人ってこういう死に方しかないのかなぁと思っちゃうんですよね。

音楽やアートって一人で完結させなきゃいけない過酷な世界だし、

いい状態のままで終わるということは、こういう死に方しかないのかなぁみたいな。

マイケルが普通の人に戻ることなんて不可能だし、

今の位置からは降りようがなく、死ぬ以外に辞め方がないというか。

マイケル・ジャクソンであり続けることは、

言葉では簡単に表せないプレッシャーだっただろうし、

彼らが生きていた道は、いつ死んじゃってもおかしくない。

その結末は悲しいけれど、さらに強い伝説になっちゃった。

なんかね、マイケル・ジャクソンはいろんな意味で

ギリギリの所を生きて50年の人生を走り去ったという感じ。

こういう結末になってしまったこと、

ぼくは多くのアーティストをそばでみていて、

わからなくもないことだとは思います。
 

2009-11-12 15:11:56投稿者 : maxmatsuura
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